謝らなくて、いい
中島と、隣の席のやつ、教室の休み時間——中島のトロッコ問題シリーズ #6

中島、高校二年、四組。犬の散歩のおじさんに、声をかけ始めて、二週間ほどが、経った。隣の席のやつは、その頃から、ぽつぽつ、教室に、来るように、なっていた。週に三日、来る。二日、来ない。それくらいの、頻度だった。

来るように、なった

九月の終わり頃から、隣の席のやつは、来るように、なっていた。完全に、毎日、ではない。週の、月曜と火曜は、来ない。水曜は、来る。木曜は、半々。金曜は、来る。これくらいの、波が、ある、感じ。

来た日は、俺は、いつも通り、「おはよう」と、言う。隣の席のやつは、「おはよう」と、答える。それだけ。LINE のことも、来なかった日のことも、何も、話さない。

授業中も、休み時間も、隣の席のやつは、ふつうに、過ごしていた。何も、起きていない、ような、ふつうの、生活、だった。

俺は、隣の席のやつが、来るようになった、ということを、自分の手柄、とは、思わなかった。続けたから、来るようになった、というのは、たぶん、違う。続けたことと、来るようになったことは、別の出来事、だった。たまたま、そういう順番で、起きたけれど、原因と結果に、結びつけるのは、たぶん、押しつけだった。

来るようになった理由は、たぶん、隣の席のやつの、自分の中の、何かが、ゆっくり、動いた結果、だった。俺の、続けたこと、は、ひょっとすると、関係している、かもしれない。けれど、関係していない、かもしれない。確認しないこと、が、関係の、形だった。

休み時間

水曜日の、二限と、三限の間の、休み時間。クラスの、ほとんどが、廊下や、別の教室に、行っていた。教室には、俺と、隣の席のやつと、もうひとり、後ろの席のやつが、机に、突っ伏して、寝ていた。

隣の席のやつは、机の上で、教科書を、開いていた。次の三限の、英語の予習を、しているように、見えた。

俺も、自分の机で、シャープペンの、芯を、入れ替えていた。

「中島」

呼ばれて、顔を、上げた。隣の席のやつが、こちらを、見ていた。

「うん」

「最近、来てなくて、ごめん」

隣の席のやつの声は、平らだった。何かを、決意して、言った、というよりは、ふと、口から、出た、という感じの、声、だった。

俺は、すぐには、答えなかった。シャープペンを、机に、置いた。少し、考えた。

何を返すか

「謝らなくて、いい」と、答えるか。

「いいよ」と、答えるか。

「気にしないで」と、答えるか。

「気にしないで」は、たぶん、違う。気にしている、のは、隣の席のやつ、だった。気にしている、ということ自体を、こちらが、否定するのは、たぶん、違う。

「いいよ」は、軽すぎる。許す、というニュアンスが、入りすぎる。許すかどうかを、こちらが、判定する立場じゃ、ない。

「謝らなくて、いい」は、たぶん、近い。けれど、それだけ、だと、突き放しに、なるかもしれない。「謝罪を、受け取らないよ」という、拒否の、形に、聞こえる、かもしれない。

もう少し、続ける言葉が、いるかもしれない。

俺は、ゆっくり、答えた。

「謝らなくて、いい」

「でも」

「ふつうに、来て、ふつうに、また、おはよう、と、言うだけだから、こっちは」

隣の席のやつは、こちらを、しばらく、見ていた。それから、教科書に、視線を、戻した。

「うん」

「うん」

それだけ、だった。

続き

三限の、チャイムが、鳴った。クラスのみんなが、教室に、戻ってきた。英語の先生が、教室に、入ってきた。授業が、始まった。

隣の席のやつは、ふつうに、授業を、受けた。俺も、ふつうに、授業を、受けた。何も、特別なことが、起きた、というように、見える、出来事は、なかった。

授業のあと、昼休みに、なった。俺は、いつもの友達と、お弁当を、食べた。隣の席のやつは、自分の席で、コンビニで買ってきたらしい、おにぎりを、食べていた。それも、ふつう、だった。

放課後、俺は、バスケ部の、練習に、行った。隣の席のやつは、たぶん、家に、帰った。

その日の、夜、ベッドで、休み時間の、五分くらいの、対話を、思い出した。

受け取り方

「最近、来てなくて、ごめん」と、隣の席のやつは、言った。

「謝らなくて、いい。ふつうに、来て、ふつうに、おはよう、と、言うだけだから、こっちは」と、俺は、答えた。

これは、謝罪を、受け取った、ことに、なるのか、受け取らなかった、ことに、なるのか、自分でも、よく、わからなかった。

受け取らなかった、ことに、する、というのは、たぶん、違う。隣の席のやつが、ごめん、と言った、その事実を、なかったことに、するのは、相手の、動きを、消すことに、なる。それは、ケアの、反対だった。

受け取った、ことに、する、というのも、たぶん、違う。受け取った、と、はっきり、認めると、相手の、責任感を、こちらが、確定させる、ことに、なる。「あなたは、来なかった、それは、申し訳ない、ことだった」と、こちらが、認める、ということ。これは、相手を、責めて、いる、ように、聞こえるかもしれない。

受け取った、でも、受け取らなかった、でも、ない、第三の、応え方が、必要だった。

「謝らなくて、いい」と「ふつうに、来て、ふつうに、おはよう、と、言うだけ」を、組み合わせたのは、たぶん、第三の応え方の、ひとつ、だった。

「謝らなくて、いい」だけ、だと、拒否に、聞こえる。けれど、「ふつうに、来て、ふつうに、おはよう」と、続けることで、こちらが、続ける、ということを、伝える。続ける、というのは、隣の席のやつの、休んでいたことを、責めない、ということだった。同時に、来てくれた、ことを、特別扱い、しない、ということでもあった。

特別扱い、しない、というのが、たぶん、ケアの、ある形、だった。

妹のおばあちゃん

夜、リビングに、降りた。妹が、テレビを、見ていた。

「お兄ちゃん、お風呂、入った?」

「これから」

「あ、そういえば」と、妹は、言った。

「うん」

「隣のおばあちゃん、最近、ゴミの日、間違えなくなった」

「そう」

「私も、毎朝、見てるけど、ふつうに、出してる」

「うん」

妹は、テレビに、視線を、戻した。それで、話は、終わり、だった。

俺は、自分の部屋に、戻りながら、妹の言葉を、思い出した。

「ゴミの日、間違えなくなった」というのは、おばあちゃんの中で、何かが、整った、ということなのかもしれない。妹が、おばあちゃんを、見ている、ということとは、たぶん、関係がない。妹は、見ているだけ、で、何かを、教えたわけじゃ、ない。おばあちゃんが、自分で、ゴミの日を、整えるように、なった。

妹は、「私が、見ていたから」と、思っていない。見ていた、という事実は、ある。けれど、おばあちゃんが、ふつうに、出すように、なった、こととは、別の出来事。妹は、それを、自然に、別の、出来事として、扱っている。

俺と、隣の席のやつの、関係も、たぶん、これと、似ている。続けたから、来るようになった、わけじゃない。来るようになったのは、隣の席のやつ自身の、何か。続けたことは、続けたこと。これは、別の、出来事、として、扱う。

結果と、こちらの、続けたことを、結びつけない。結びつけないこと、が、ケアの、形だった。

ベッドで、天井を、見ていた。

明日の朝、隣の席のやつは、来るかもしれないし、来ないかもしれない。来たら、おはよう、と、言う。来なかったら、空席を、見て、明日も、おはよう、を、続ける、ということを、自分に、思い出させる。

続けるのが、こちらの、応え方の、すべて、だった。

続けた結果として、何かが、起きるかもしれない、起きないかもしれない。起きた結果を、こちらが、自分の手柄、として、捉えない。起きなかった結果を、こちらが、責任、として、抱え込まない。

結果は、結果として、相手のところに、起きる。こちらの続けたことは、続けたこと、として、こちらの中に、残る。

残る、ということが、たぶん、いまの、俺の、応え方の、形だった。

続ける。続けることだけは、できる。

→ 終話:俺は、そこにいた(木曜の三限、もう一度、中島のトロッコ問題シリーズ #7・最終話)
← 前話:毎朝、すれ違う(中島のトロッコ問題シリーズ #5)
← シリーズ #4:明日、行けるかも
← シリーズ #3:見ていない場所
← シリーズ #2:うん
← シリーズ #1:おはよう
← 関連:先生、納得がいきません(一組のアヤ)
← 関連:答えは、出る(二組の森田)
← 関連:所作の中で(二組の茅野)
← シリーズ目次に戻る

【中島のトロッコ問題シリーズ予告】
本作はシリーズ第6話。隣の席のやつが、ぽつぽつ来るようになった、ある日の休み時間。「最近、来てなくて、ごめん」と謝罪が来る。中島は「謝らなくて、いい。ふつうに、来て、ふつうに、おはよう、と、言うだけだから、こっちは」と応える。受け取るでも、受け取らないでもない、第三の応え方。妹も「隣のおばあちゃん、ゴミの日、間違えなくなった」と話す——結果と、こちらの続けたことを、結びつけない、というケアの倫理の核。

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。登場人物・場面はフィクションです。