「今度日本に来たら会いたいです」は事実か
——翻訳アプリ越しのポエマイゼーション

ソノダマリ

台湾旅行から帰ってきた夜、ワンさんからLINEが来ていた。「到家了嗎?路上小心喔」(家に着いた? 気をつけてね)。あのとき「情報量ゼロ。愛情量——わからない」と書いた。

わからないまま、LINEが続いている。

日本語と中国語が混ざるメッセージ。翻訳アプリを通すと微妙にニュアンスが変わる。「会いたい」が社交辞令なのか本音なのか、原文でも翻訳文でもわからない。言語の壁のあいだで、意味が蒸発している。

マッチングアプリの記事で「自分のプロフィールが書けない」と嘆いた。あれから稿を重ねた。8稿目まで書いて、8回消した。——今度は相手がいる。相手がいるのに、やっぱり書けない。自分の気持ちを正直に伝える言葉が見つからない。

翻訳アプリという蒸発装置

ワンさんは日本語が少しできる。私は中国語が読めない。あいだに翻訳アプリがいる。

ある日、ワンさんがLINEでこう書いた。

「今天工作好累,好想吃小籠包」

翻訳アプリの出力:「今日は仕事がとても疲れました。小籠包が食べたいです」

正確だ。文法的には。でも「好想」のニュアンスが蒸発している。「好想」は「すごく~したい」だけど、そこにはため息混じりの甘えが入っている。日本語なら「小籠包食べたいなあ」の「なあ」。翻訳アプリは「なあ」を出力しない。「食べたいです」で止まる。丁寧語の壁が、ため息を消す。

DXポエム#4のカタカナ暗号辞典で分析した構造だ。言葉が翻訳を通過するとき、定義の輪郭は残るが、温度が蒸発する。「アジャイル」が翻訳を経て「俊敏」になるとき、シリコンバレーの空気が消えるように。「好想」が「食べたいです」になるとき、台北の夜の湿度が消える。

私は返した。「小籠包、おいしかったよね。あの店の」

翻訳アプリがワンさんに届けた中国語を、私は確認できない。「おいしかったよね」の「よね」は届いたか。共有された記憶を呼び起こす「あの店の」の親密さは残ったか。

わからない。翻訳アプリの向こう側は見えない。

翻訳アプリは辞書ではない。蒸発装置だ。意味は通す。温度を消す。——ポエマイゼーションの「蒸発」そのものが、二人の会話のあいだで毎日起きている。

「今度日本に来たら会いたいです」

ある夜、ワンさんがこう書いた。

「下次去日本的話,想見你」

翻訳アプリの出力:「今度日本に行ったら、あなたに会いたいです」

心臓が跳ねた。一瞬だけ。

それからすぐに分析が始まった。職業病だ。

「想見你」。「あなたに会いたい」。——これは事実か。ポエムか。

台湾旅行記でリンメイファの友人たちの「直球」に触れた。台湾の人は直球だ、と。チェンさんは初対面で「なんで結婚しないの」と聞いた。台湾の文化では、「想見你」は軽い。友人にも言う。同僚にも言う。日本語の「会いたい」ほど重くない。

でも翻訳アプリが「会いたいです」と出力した瞬間、日本語の重力がかかる。

日本語で「会いたい」と言ったら、それは——少なくとも36歳の独身女性がそう受け取ったら——ただの挨拶ではない。そこに期待が生まれる。温度が上がる。蒸発の逆だ。翻訳を通過したことで、温度が上がっている

翻訳のポエマイゼーション

蒸発と増幅が同時に起きている。温かいため息は蒸発し、軽い挨拶は増幅される。翻訳アプリは中立ではない。言語間の温度差を無視して、辞書的に正しい言葉を出力する。その「辞書的に正しい」が、受け取る側の文化のフィルターを通ったとき、ポエムになる。あるいは事実になる。どちらかわからない。

私は何と返したか。

「うん、来てね」

……5文字。翻訳アプリに通すまでもない短さ。これなら蒸発も増幅もしない。安全だ。——でも、安全であることが、すでに消去だ。言いたいことを消して、5文字に縮めた。

二つの言語のあいだに住む

ワンさんとのLINEは、不思議な言語で書かれている。

ワンさんは日本語を少し混ぜてくる。覚えたてのひらがな。「おはよう」「おつかれ」「おやすみ」。挨拶だけ日本語。中身は中国語。たまに日本のアニメのセリフが混じる。「名探偵コナンで覚えた」と言って「真実はいつもひとつ」と送ってくる。

私も中国語を少し覚えた。「早安」(おはよう)。「晚安」(おやすみ)。「辛苦了」(おつかれさま)。リンメイファに発音を教えてもらった。ワンさんが「哈哈 你的中文好可愛」(はは、中国語かわいい)と返してきた。

かわいい、と言われた。発音が。——発音が。

ここでも翻訳の罠がある。「可愛」は中国語では「かわいい」だが、日本語の「かわいい」よりも軽い。「面白い」に近いニュアンスもある。子供の失敗を見て「好可愛」と言うような。つまりワンさんは「面白い発音だね」と言っただけかもしれない。

でも36歳の独身女性の脳は、「かわいい」を拾う。辞書的に正しい翻訳が、また増幅装置として働く。

台湾旅行記で書いた。リンメイファが「她是作家」(彼女は作家よ)とワンさんに紹介したとき、「作家」という言葉が増幅装置になった。今度は逆方向だ。ワンさんの「可愛」が、私の耳で増幅されている。増幅しているのは翻訳アプリではなく、私自身の期待だ。

二つの言語のあいだには、辞書にない空間がある。蒸発と増幅が同居する不安定な場所。事実でもポエムでもない、どちらにもなりうる量子状態の言葉たち。観測するまで——つまり本人に直接聞くまで——確定しない。

しかし「直接聞く」ができない。聞いたら壊れる。聞かなければ続く。マッチングアプリの記事で「まずはお友達から」を「本気度が低い/失敗を恐れている」と分析した。あれは他人のプロフィールだったから笑えた。自分がやっている。「まずはお友達から」を地で行っている。

既読の沈黙——不在のポエマイゼーション

翻訳アプリが蒸発装置なら、「既読スルー」は何か。

ワンさんの返信が遅い日がある。12時間。24時間。既読はついている。

仕事が忙しいのだろう。エンジニアだ。締め切りがあるのだろう。時差は1時間しかないが、生活のリズムが違うのだろう。合理的な説明はいくらでもつく。

でも既読の沈黙は、何も書かれていないのに意味が発生する空間だ。

マンションポエムS1#13で分析した「負の空間」。広告に書かれていないもの。チラシに載っていない隣のビル。マッチングアプリのプロフィールに書かれていない借金。——既読の沈黙は、LINEにおける負の空間だ。何も書かれていない。だからこそ、受け取る側が意味を補填する。

既読スルーの補填パターン

どれを選ぶかは、受け取る側の期待値で決まる。事実は「返信が来ていない」だけだ。

高校パンフ#6のルール1。「書いてないものは何か」。LINEの既読スルーに対しても同じ問いが立つ。返信されていないメッセージの裏に、何があるか

答えは簡単だ。わからない。国内の相手でもわからないのに、言語が違う相手なら、なおさらわからない。

でも翌朝、ワンさんからメッセージが来る。

「抱歉昨天太晚了,早安!」(ごめん昨日遅くなった、おはよう!)

ほっとする。事実は「返信が遅れた」だけだ。ポエムは私の頭の中で一晩中上映されていた。——ポエマイゼーションの主体は、いつも受け取る側だ。広告を読む消費者が意味を補填するように、LINEを読む私が意味を補填している。

9稿目——プロフィールのことではなく

マッチングアプリの記事で、私は5稿書いて5稿消した。台湾から帰った日、「9稿目を書いてみようか」と思った。あれから何稿書いたか。8稿目まで書いた。8回消した。

しかし最近、気づいたことがある。

問題はマッチングアプリのプロフィールではなかったのだ。

プロフィールが書けないのは、自分をポエム化することへの抵抗だと思っていた。ポエマイゼーションの構造を知りすぎているから、自分では書けない。手品のタネを知っている観客がマジックショーを楽しめないのと同じ。そう分析していた。

違った。

自分の気持ちを言葉にすることが怖いのだ。

ワンさんへのLINEで、毎回同じことが起きている。言いたいことがある。言葉にしようとする。その瞬間、分析が始まる。「これは補填では?」「これは変装では?」「これは増幅では?」。6つの操作が頭の中で動き出して、言葉が出てこない。出てこないから、短い返事を返す。「うん」「そうだね」「おやすみ」。情報量ゼロ。——私がいちばん批判してきたものだ。

ワンさんに「想見你」と言われて、何と返すべきだったか。

ソノダマリ、LINE返信の記録

第1案:「私も会いたい」
→ 自己ツッコミ:これは事実か? まだ1回しか会っていない。「会いたい」は増幅では?

第2案:「名古屋を案内するよ」
→ 自己ツッコミ:話をすり替えている。気持ちの話を観光の話に変装させている。

第3案:「ワンさんのこと、もっと知りたい」
→ 自己ツッコミ:マッチングアプリの定型文だ。補填。「もっと知りたい」は何も言っていない。

第4案:(送信済み)「うん、来てね」
→ 自己ツッコミ:消去。言いたいことを全部消して、5文字にした。安全で、何も伝わらない返事。

マッチングアプリのプロフィール5稿と同じことを、LINEの返信でやっている。構造を知っているから書けない。書けないから短くなる。短くなるから何も伝わらない。何も伝わらないから、また翻訳アプリの向こう側が見えなくなる。

あの記事の結論を思い出す。「全員が、自分自身については15歳だ」。——15歳どころだ。翻訳アプリ越しの好意の伝え方について、私は5歳くらいだ。

蒸発しない言葉を探している

先日、リンメイファに相談した。「ワンさんとのLINE、どうしたらいいかわからない」

リンメイファは笑った。台湾で見た、大声で笑うリンメイファではなく、日本版の、穏やかに笑うリンメイファだった。電話越しだから、日本版だ。

リンメイファ「ソノダさん、分析しすぎ」

ソノダ「知ってる」

リンメイファ「想見你に何て返したの」

ソノダ「『うん、来てね』」

リンメイファ「……それだけ?」

ソノダ「それだけ」

リンメイファ「ソノダさん。ワンさんは台湾人だよ。台湾人に遠回しは通じない。私が書いたでしょ、日本の遠回しは愛だって。でもあれは10年かけて覚えたの。ワンさんはまだ覚えてない。『うん、来てね』の中にある気持ちは、ワンさんには見えない」

ソノダ「……」

リンメイファ「しかもあなたの場合、遠回しですらない。消去でしょ。気持ちを消してるだけでしょ」

図星だった。51本のポエム分析の用語で、リンメイファに刺された。

リンメイファ「翻訳アプリは温度を消す。あなたも温度を消してる。二重の蒸発。それじゃワンさんには何も届かないよ」

ソノダ「じゃあどうすればいいの」

リンメイファ「簡単だよ。翻訳アプリが蒸発させられない言葉を送ればいい

ソノダ「たとえば?」

リンメイファ「写真。あの店の小籠包の写真を撮って送る。『この前のお店、また行きたい』って添えて。翻訳アプリが『想』の温度を蒸発させても、写真は蒸発しない。二人で食べた記憶は蒸発しない」

翻訳アプリが蒸発させられない言葉がある。共有された記憶。一緒に食べたもの。一緒に歩いた場所。一緒に見た夜景。——言語に依存しない「事実」は、蒸発しない。ポエムは蒸発する。事実は残る。

ポエマイゼーションのすべての分析で言い続けてきたこと。ポエムとデータを区別せよ。ここでも同じだった。ワンさんに伝えるべきは、ポエムではない。事実だ。「会いたい」というポエムではなく、「あの小籠包をもう一度一緒に食べたい」という事実。

それでも、ポエムが必要なとき

リンメイファの助言に従って、小籠包の写真を送った。名古屋の台湾料理店で見つけた小籠包。あの大安区の店には遠く及ばないけれど。「名古屋で小籠包を見つけた。あの店のほうがおいしかったけど」と添えた。

ワンさんの返事。

「哈哈哈 當然我們的比較好吃啊!下次來台灣我帶你去吃更好吃的」

(ははは もちろんこっちのほうがおいしいよ! 今度台湾に来たらもっとおいしいの連れてくよ)

「今度台湾に来たら」。

これは事実か、社交辞令か。台湾の文化では軽い言葉かもしれない。日本語に翻訳されたとき増幅されているかもしれない。分析しようと思えばいくらでもできる。

でも。

分析しなかった。

「うん、行く」と返した。

4文字だ。「うん、来てね」の5文字より短い。でも今回は消去ではない。考えた末の4文字でもない。分析が動き出す前に、指が動いた。

台湾旅行記のあとがきで、ササキハルカが言った。「それが答えじゃない?」。分析者はときどき分析をやめる必要がある。やめたとき、見えるものがある。——見えるものがあるとき、指が先に動く。

翻訳アプリは蒸発装置だ。「会いたい」の温度を消す。「かわいい」の重さを変える。既読の沈黙に意味を発生させる。二つの言語のあいだで、事実とポエムの境界線がゆらぐ。

でも——ゆらいでいるのは言葉だけだ。

小籠包はおいしかった。大安森林公園のヤシの木は暖かかった。ワンさんのメガネの奥の穏やかな目を覚えている。翻訳アプリが何をしても、あの夜の空気は蒸発しない。

マッチングアプリの記事で書いた。「正直に書きたいという願望自体が、すでにポエムなのだから」。そうだ。ポエムだ。「ワンさんに正直な気持ちを伝えたい」という願望自体がポエムかもしれない。

でもポエムでいい、と今は思う。

51本かけて「ポエムとデータを区別せよ」と言い続けた。それは正しい。マンションを買うときも、SaaSを導入するときも、高校を選ぶときも、ポエムに騙されてはいけない。

しかし人の気持ちは、ポエムとデータに分けられないことがある。「会いたい」は事実でもあり、ポエムでもある。社交辞令でもあり、本音でもある。翻訳アプリが蒸発させ、受け取る側が増幅し、既読の沈黙が補填を誘い、短い返事が消去する。六つの操作が全部動いている。恋愛未満、友情以上のこの距離で。

今夜もLINEが来るだろう。

「晚安」

おやすみ。翻訳不要の2文字。蒸発しようがない、世界共通の事実。——明日も「早安」から始まる。それだけは確かだ。

あとがき

マツモトヒナに話したら、アイスカフェラテを飲みながら言った。

マツモト「マリちゃん、それ完全に恋じゃん」

ソノダ「恋じゃない。分析対象が増えただけ」

マツモト「分析対象が増えると心臓が跳ねるの?」

ソノダ「……」

マツモト「前も言ったけど、分析で何も解決しないよ。でもLINEは解決しなくていいんじゃない? 続いてるだけでいいんじゃない?」

続いてるだけでいい。

それはカフェトークでマツモトが教えてくれた「何も解決しない午後」の延長だ。ワンさんとのLINEも、何も解決しない。距離は縮まらない。言語の壁は消えない。翻訳アプリは蒸発し続ける。でも——続いている。

「早安」が来て、「晚安」で終わる。あいだに小籠包の写真と、翻訳アプリの不完全な日本語と、蒸発した温度と、増幅された期待と、消去された本音がある。

9稿目のプロフィール? まだ書いていない。でも、もしかしたらもう必要ないのかもしれない。マッチングアプリのプロフィールは、まだ見ぬ誰かに向けて自分をポエム化する作業だ。ワンさんは、もう会った人だ。小籠包を一緒に食べた人だ。大安森林公園を一緒に歩いた人だ。ポエムなしの事実が、すでにある。

翻訳アプリ越しの会話は、ポエムか事実か。
答え:両方。
ポエムの部分は蒸発する。事実の部分は残る。
残ったものだけで、十分だと思えるかどうか。
——思えるようになりたい、と思っている。それもまた、ポエムだけれど。

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本稿で触れた記事:

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。登場人物はフィクションであり、翻訳アプリの挙動や異文化コミュニケーションについての記述は一般的な傾向を述べたものです。