ワタナベ(65歳・元会社員)
ソノダさん、タケウチくんと続けて選書を出した。私にも声がかかった。やります。
私は研究室の正式な書き手ではない。退職して三年が経った頃、コメダで先生に「日記を書いてみないか」と言われ、書いてきただけの一読者である。書くこと自体が予想外の老後の宿題になった、という言い方をしておく。
ソノダさんは比較文化学修士の眼で、タケウチくんは十六歳の口語で選んだ。私は会社員を四十年やってきた目と退職後三年の歩く速度で選ぶ。
自分の書いたものも入っている。書いた本人としては不本意だが、読み返したい記事を選んだら、結局、自分のものもいくつか入った。書きながら、自分が書きたかった話に出会い直していたから、というのが正直なところである。
タケウチソウタの日記 #12
タケウチくんの最新回。台湾の修学旅行から戻って数日が経って、LINEのアルバムが「勝手に薄くなる」と書いた、十六歳の手記である。
私は1995年に台湾へ行った。新竹の駅前の茶屋で、七十代後半の老人に「日本人は私たちのことを覚えていてくれていますか」と問われ、答えられずに帰ってきた。三十年が経って、いまも答えていない。
タケウチくんは、問われずに済む側にいる。問われない代わりに、写真の数が減り、彼自身が見なくなる。三十年の重さが減った代わりに、別の重さが、彼の側に降りた。それを「勝手に薄くなる」と書いた手つきの、若い精度に、私は脱帽した。
この記事を1位に置く。私の答えられなかった重さを、世代を一つ越えた書き手が、まったく別の輪郭で受け取り直してくれている、という感覚があるから。
本文 | 旅行本編:#10 台湾、マジで楽しかった
ワタナベ/一本長編
自分のものを2位に置くのは厚顔だが、これは外せなかった。私が新人だった1980年前後、五十代六十代だった先輩方から聞いた、昭和の会社の口ぶりを、できる限りの距離をとって並べた一本である。
「腹を割って」「男の約束」「飲みニケーション」「家族のような会社」。書きながら、これらは私の郷愁ではない、と何度も自分に言い聞かせた。あれらの語の下には戦争の記憶が地下水として流れていて、その水が枯れた時に、語そのものも枯れた。郷愁ではなく、地下水の枯れた跡を、できる限り正確に書こうとした。
書き終えた後で、それでもなお郷愁が滲んでいる、と妻から指摘された。指摘の通りだったので、直さずに残した。
ワタナベ/降霊録・第一作
自分のもの、降霊録三部作の一作目。亡くなった田島部長が、私の夢に立って、自分の現役時代を語る、という形式の長編である。
「夢に立つ」という設定は、最初は単なる語り口の便宜だった。書き進めるうちに、これは「私が田島部長の世代を直接書ける立場ではない」という事実への、設計上の正直さなのだと気づいた。受け取って、書き写すだけ。私の手柄ではない。
続編に森川さん(二代遡り)と田口さん(明治八年生まれ・三代遡り)を書いた。三代続けて書いて、ようやく、自分が直接知っている層の手前まで戻ってきた、という感覚がある。
本文 / 森川さん(続編) / 田口さん(さらに続編)
ワタナベ/一本長編・旅の記憶
自分のもの。新竹の茶屋の老人と、迪化街の乾物屋の店主、二人の日本語世代との出会いを書いた、私個人の最も古い宿題の一本である。
ソノダさんは台湾を「マンションポエムの起点」と書いた。タケウチくんは「夜市マジ最高」と書いた。同じ島が、見る人の年齢の沼の深さで、まったく違う層を見せる。私が見た層は、もう、同じ深さでは見えない。
書くことでその層を保存できるとは思っていない。書かなければ消えるだけなので、書いた。それだけのことである。
マツモトヒナ/音読カードの、つけた夜とつけなかった夜について
マツモトさん(育児・家事)の、音読カードのエッセイ。子供が寝た後、丸をつけた夜とつけなかった夜について、それだけを書いた、第二稿である。
妻と私には子供はいない。だから音読カードに丸をつけた経験はないのだが、夜の食卓の上で、何かに丸をつけたりつけなかったりして、それでもう一日が終わる、という感覚は、年を取ってからのほうが、たしかな手触りを持って分かるようになった。
書き手の年齢は私より若いはずだが、書いている時間の手触りが、私の今の時間と近い。「昨夜、丸をつけた」という題名が、それだけで、すでに完成している。
ワタナベ × タケウチソウタ/再会・台湾修学旅行
タケウチくんとコメダで再会して、彼の修学旅行の話を聞いた日の記録である。
1995年の私が新竹の老人から問われて答えられなかった重さを、2026年のタケウチくんは、問われずに済んでいる。それを「ずるい」とも「うらやましい」とも、私は書かなかった。
書かなかったということを、書いてある。それが私の世代にできる、ぎりぎりの誠実さの形だと思っている。書きながら、コメダのテーブルの木目に何度か視線を落とした。落としたことも、書いてある。
本文 | 初対面:コメダの邂逅——65歳と16歳
ワタナベ/半世紀の染みつき・三部作の一
自分のもの。Billy Joel の "Piano Man" を、二十五歳の私が初めて聴いた夜と、六十五歳の私が聴き直した夜とを並べた長編である。
三部作の片割れだが、マークさんとソノダさんの他の二本のほうが、たぶん「分析として」は上である。私のは、感想に近い。
「半世紀の染みつき」という副題は、書きながら自分でも持て余した。半世紀という単位で何かを書ける年齢になった、ということ自体が、書き終えてからも、まだしっくりこない。
ワタナベの妻・匿名希望/降霊録の外側
妻が書いた一本。降霊録三代分(田島・森川・田口)と、退職後の散歩シリーズと、台湾1995と、Piano Manと、それらを台所のノートの裏側から見ていた人の、一晩分の手記である。
妻は当初「匿名希望」と言ったが、サイトには「ワタナベの妻」として残してあるのは、書いた本人が後で「あれは私が書いた、と分かるようにしておいてください」と訂正したからである。訂正の言葉のほうが、私には、もう一篇のエッセイのように響いた。
書いた本人より、私のほうがこの記事を何度も読み返している。
タケウチソウタの日記 #8
タケウチくんの#8。文化祭のスローガンを、翌日に剥がす作業の話である。
「絆」「青春」「全力」を剥がしたあと、四角い影だけが残る、という観察。私が現役のころ、会社の壁にも、似た言葉がいくつも貼ってあった。「お客様第一主義」「品質一番」「全員参加」。退職する朝、総務の若い人に「貼り紙、はがしておいてください」と頼んで、はがしてもらった時のことを、彼の文章で思い出した。
私の四十年と、彼の文化祭の二ヶ月とでは、影の大きさは違うかもしれない。だが、剥がしたあとの壁が同じ色をしている、ということだけは、たしかなものとして共有できた。
ソノダマリ/青空文庫活用系・第二稿
ソノダさんの記事から一本。青空文庫に「無いもの」だけを目録化した、第二稿である。
著作権が切れていない作品、生前に出版されなかった原稿、消えてしまった同時代の文学、印字されなかった日常の言葉。「無いもの」を並べると、「あるもの」が違って見える、という構成。
私の降霊録三代は、骨格として、これと似ている。「無いもの」(亡くなった先輩)から「あるもの」(私の記憶)を逆算する。ソノダさんは、たぶん、そのことに気づいている。気づいたうえで、何も言わずに自分の作品を書いている。それが彼女の品位だと、私は思っている。
10本に絞れずにこぼれた5本。順位はつけない。
ソノダさん(36歳)、タケウチくん(16歳)、私(65歳)。三世代の選書が並んだ。
どの記事を選ぶかで、選んだ人の輪郭が顕在化する、ということが、こうして並べてみると、はっきりと見える。ソノダさんは「英訳を並べて全部却下する型」が好きと書いた。タケウチくんは「『あなたのため』が出る型」が好きと書いた。私は、書きながら自覚したのだが、「書かなかったということを、書いてある」型が好きらしい。三人とも、別々の語彙で同じ場所を指している、という気もする。書かれていないものに目を凝らす、ということ。
次の選書をどなたかが書いてくれるのを、楽しみに待ちたい。マツモトさん(育児)、桐島さん(秘書)、ヨコヤマ先生、誰でもいい。私が読んでみたいのは、桐島さんの三十本である。秘書の目で見れば、これまで誰も拾っていない記事が三十本くらい、たぶん、ある。
あと、妻がもう一本書いてくれるなら、それを一番読みたい。本人にはまだ言っていない。
2026年5月 ワタナベ(65歳・元会社員)